「JK1FNLがすごい!」は、私の1977年から2024年までの48年間のハムライフを紹介している本です。トピックを48項目あげて、すべてを「すごい!」と自画自賛する形式でまとめられています。でも、悪ノリしているのは、冊子のタイトルと「はじめに」だけで、内容は、至って真面目です:-)
ここでは、目次と、おおよその内容をご紹介します。また、こちらでAIによる要約というか評価をご覧いただくことができます。
はじめに
リンク先に全文を掲載しています。
1.小学六年生で電話級の受験を決意 1977年
小学生で独学して受験手続までするのは、すごい!
アマチュア無線に興味を持ったきっかけと、電話級の国家試験受験を決意するまでをまとめています。
2.中学一年生で電話級に合格・開局 1977年
試験に合格して開局手続きも独力とは、すごい!
中学入学の4月に電話級を受験して、9月2日に50MHzでJK1FNLを開局することができました。
3.中学二年生だけで大型アンテナを建設 1978年
同級生と一緒に、HFトライバンダー設置は、すごい!
HFのリグを入手して、中学の同級生とふたりで、大型のビームアンテナを設置しました。
4.中学二年生で海外とラグチュー 1978年
英語ネイティブと数十分交信していたとは、すごい!
習い始めたばかりの英語で、海外との交信にも挑戦しはじめました。20分くらい交信していたこともありました。
5.中学二年生で電信級に合格 1978年
すぐにステップアップするとは、すごい!
当時は、電話級のあとに電信級に挑戦するのは、普通のながれだったように思います。私も電信級を取得しました。
6.高校生ではローカルラグチューがメイン 1980年
何十年も付き合える仲間ができたことが、すごい!
転居により、本格的なアンテナを使うことができなくなってしまいましたが、仲間たちとの交信を楽しんでいました。いまでも、付き合いが続いています。
7.高校二年生で2アマに合格 1981年
記述式の試験に合格できたのは、すごい!
RTTYやSSTV、ファクシミリへの興味や、14MHzの運用のため、第二級アマチュア無線技士の資格を習得しました。
8.大学は工学部系に進学 1984年
浪人したものの国立大学に進学できたのは、すごい!
高校を卒業後、1年間、浪人してしまったものの、国立電気通信大学 電気通信学部に進学することができました。
9.パソコンを購入 1984年
黎明期にパソコンを使い始めたのが、すごい!
大学入学と同時に、8ビットパソコンFM-7を入手しました。アマチュア無線の交信を通じて、使い方を教えてもらうことができました。
10.電子部品販売店でアルバイト 1984年
収入だけでなく人脈が広がったのが、すごい!
渋谷にあった藤商電子という電子部品販売店でアルバイトをはじめました。アマチュア無線雑誌の編集者や常連筆者とも知り合うことができました。
11.ファクシミリマシンを改造 1985年
特別な通信方式に取り組むのは、すごい!
第二級アマチュア無線技士取得の目的でもあった、特殊な電波形式の運用が、ファクシミリで実現しました。
12.雑誌に製作記事などを執筆開始 1985年
電子工作やアマチュア無線解説の記事執筆は、すごい!
大学のクラブの先輩の紹介で、雑誌「初歩のラジオ」に製作記事を執筆することができました。
13.初めての著書を発売 1985年
ロングセラーになったのが、すごい!
「初歩のラジオ」編集部が企画したアマチュア無線の用語集を執筆、はじめての著書として発行されました
14.パケットラジオを運用開始 1985年
インターネットに深く関わるきっかけになったのが、すごい!
アマチュア無線を使って、実用的なデータ通信を実現するパケット通信(パケットラジオ)の技術が登場しました。必要なハードウェアを入手し、運用をはじめました。
15.アマチュア無線が縁で就職先決定 1987年
就職活動をしていなかったのに決まったのが、すごい!
パケットラジオのイベントの実行委員にさそわれたことから、就職活動をしていなかったのに、就職先が決まってしまいました。
16.アマチュア無線雑誌への連載開始 1990年
通算で十数年間雑誌連載を担当するとは、すごい!
アマチュア無線の雑誌に、パケットラジオのコラムを連載しはじめました。「モービルハム」に30回、その後「CQ ham radio」に66回です。その後も、アマチュア無線以外の通信技術の動向をレポートする「コミュニケーション・テクノロジ」(全24回)、アマチュア無線や工作に関する便利グッズやノウハウを紹介する「Favoite tool」(36回)を連載しました。
17.UNIXマシンを導入 1990年
高価だったマシンを入手・活用できたのが、すごい!
計測器レンタル会社の中古販売の情報を得たことから、UNIXワークステーションを入手しました。いくつかのトラブルがあったものの、自宅内ネットワークの中心として活躍しました。
18.シャック内LANを構築 1990年ころ
いちはやくイーサネットを利用できたのが、すごい!
いろいろな偶然が重なって、イーサネット(10BASE5)による自宅内LANを構築することができました。
19.UUCPでインターネットに接続 1990年ころ
メールやニュースで全世界とつながったのが、すごい!
電話回線を使った接続を併用することで、自宅内LANがUUCPにより、JUNET≒インターネットに接続することができました。
20.パケットラジオの本を自費出版 1991年
仲間への貢献を目指して実現したのが、すごい!
アマチュア無線のパケットラジオでTCP/IPをサポートしたソフトウェアにKA9Qパッケージがあります。また、これを使って動作するニュースシステム「寺子屋」が日本で開発されました。コミュニティへの貢献を考え、これらのシステムのマニュアルを「寺子屋運用の手引き」として制作しました。1,000部以上を頒布しました。
21.パケットラジオの本を商業出版 1993年
より広くノウハウを広めることができたのが、すごい!
「寺子屋運用の手引き」を発展させ、商業出版してはとのお話がありました。全面的に改稿し「実践パケット通信 コンピュータ・ネットワーク」としてCQ出版社から発売されました。
22.Windowsの本を商業出版 1994年
アマチュア無線ならではPC利用提案が、すごい!
日本では、この頃まで、PC-9801シリーズが、パソコンの圧倒的シェアを握っていました。しかし、DOS/V、そしてWindows3.1の登場で、PC-9801シリーズに比べてコストパフォーマンス比に優れるPC互換機が普及しはじめました。そんなことを背景に、アマチュア無線を楽しくするためのPC互換機とWindowsの情報を友人のJE1TEA大内和博さんとまとめました。CQ出版社から発売されました。
23.Linuxの本を出版 1995年、1997年、1999年
インストールだけでなく活用を提案したのが、すごい!
Linuxマシンをサーバーに、Windowsマシン、Macをクライアントに家庭内ネットワークを構築して楽しむことをコンセプトに、1冊の本をまとめました。JH4TJW生越昌己さんには、アドバイスいただいたのみならず、付録CD-ROMをまとめていただくなど、多大な協力をいただきました。
24.D-Starのプロトコル策定に関与 2001年ほか
JARL次世代通信委員として活動したのが、すごい!
日本アマチュア無線連盟の次世代通信員として、デジタル通信方式D-Starのプロトコル作成等に関わりました。プロトコルがほぼできあがってからの参加でしたが、とくにDD方式に関して、積極的に意見を述べ、実用化実験にも参加しました。
25.アメリカの無線資格取得 2002年
英語試験で短期間で最上級まで取得が、すごい!
2002年にアメリカのアマチュア試験(TechnicianとGeneral)に合格し、アメリカのコールサインを得ました。翌月に最上級であるAmateur Extraに合格しました。自分の好きなコールサインを割り当ててもらうことができる制度を利用して、2003年に、自分の名前にちなんだNA8Oとなりました。
26.海外運用を年に複数回決行 2004年ほか
英語が苦手なのに実行力が、すごい!
グアムから運用して、観光を楽しみつつ800交信を達成しました。同じ年のうちに、サイパン、フィジーと、3回も海外運用を行ってしまいました。その後、コロナ過で海外に行けなくなるまで毎年、年に複数回の海外運用を楽しむようになりました。
27.統一デザインのQSLカードを発行 2004年ほか
何十種類もデザインし続けているのが、すごい!
開局当初から「海外から様々なコールサインで運用して、統一デザインのQSLカードを発行したい」という夢がありました。これまでに、40種類くらいデザインしたと思います。
28.作品がアマチュア無線雑誌の表紙に採用 2008年
自分の製作物が特性とともに表紙になって、すごい!
7MHzの可変式狭帯域BPFは、「コンテスト運用に役立つこと」を目指して製作したものです。それが、別冊CQ ham radio No.4(2008年6月号)に製作記事が掲載され、掲載誌の表紙にもなりました。
29.海外運用で六大陸を制覇 2008年
運用する場所の地域的な広がりが、すごい!
2007年8月のNA8O/KL7、2007年12月の5Z4/JK1FNL、2008年9月の9H3Fなどで、6大陸からの運用を達成しました。私との交信だけでWACを達成している局がいたので、FNL-WACなるアワードを贈呈しました。
30.DX専門誌の表紙に採用 2008年
簡単な設備での運用なのに注目されたのが、すごい!
2008年9月に運用したマルタからの9H3Fの写真が、DX専門誌「月刊ファイブナイン」の同誌2008年11月号の表紙を飾りました。
31.JARL主催コンテストで第1位獲得 2011年
人気部門での優勝は、すごい!
2010年のオールJAコンテストでは、茨城県内からの運用で、X50H(電力の制限なしの部門)で全国第3位、X50M(電力50Wまでの部門)で全国第2位に入賞することができました。翌年は、優勝を狙って同じ場所から参加、X50Hでは、前年同様の全国第3位でしたが、X50Mでは、全国第1位となることができました。
32.海外からのコンテスト参加で第1位 2011年・2016年
2011年・2016年 運用エンティティ第1位が複数回とは、すごい!
サイパンやグアムから参加するコンテストチームでのべ10回近く運用しました。また、2011年のT88NA(15mシングルバンド部門)、2016年のOX/NA8O(20mシングルバンド部門)は、個人で運用して、各エンティティー1位です。
33.年間でコンテストにつぎつぎと入賞 2011年
さまざまな規模のコンテストで入賞を続けて、すごい!
2011年は、大小様々なコンテストで入賞することができました。オールJAコンテスト、オール茨城コンテスト、オールJA1コンテスト、KCJコンテスト、XPOコンテスト、愛・地球博コンテスト、そしてオール千葉コンテストで、第1位になることができました。
34.アマチュア無線以外の雑誌に執筆 2012年ほか
SF雑誌にまでアマチュア無線を紹介するのが、すごい!
インターネット誌、コンピューターサイエンス誌など、アマチュア無線以外の雑誌にも、アマチュア無線の記事を書かせていただく機会を得ました。また「小松左京マガジン」に原稿を書かせていただき、日本SF大会で「アマチュア無線とSF」のセッションを担当いたしました。
35.自身がアマチュア無線雑誌の表紙に採用 2016年
めいっぱい目立つ形で表紙になったのが、すごい!
電波社の雑誌HAM Worldの創刊第2号に、解説記事を書かせていただいたのがきっかけで、私が同誌の表紙を飾ることとなりました。
36.人気コンテストで9年連続入賞 2008年~2016年
2008年~2016年 長期間入賞を続けて、すごい!
CWに苦手意識を持っているので、人気があるCWのコンテストで第1位になることを大きな目標としていました。そこで、KCJコンテスト第1位を目指して、頑張りはじめました。3年連続第2位を経て、2011年には、念願の第一位となりました。その後も入賞し続けて、9年連続入賞となりました。
37.JARL自作品コンテストで入賞 2016年
戦略的に入賞の可能性を高めたのが、すごい!
2016年のJARL自作品コンテスト規定部門「電鍵、マニュピレーター」に応募、入賞することができました。
38.アマチュア無線雑誌の表紙をデザイン 2017年
自分が撮影した写真が表紙になるとは、すごい!
雑誌「別冊CQ ham radio QEX No.22」に製作記事を書かせていただいたことがきっかけで、編集部から、その製作物を配した写真を表紙に使いたいというリクエストがありました。チョコレートの缶に組み込んだので、そのチョコレートを配するなどして撮影した写真が表紙を飾りました。
39.通信系の資格をほぼすべて取得 2020年
アマチュアのみならずプロの資格も取得とは、すごい!
大学4年生のときに、特殊無線技士(多重無線設備)を取得しました。その後、2002年に和文モールスの試験がなくなったことから第一級アマチュア無線技士を取得、その後、第一級陸上無線技術士、電気通信主任技術者(伝送交換)、電気通信主任技術者(線路)、第一級海上無線通信士、航空無線通信士、工事担任者(AI・DD総合種)を取得しました。
40.海外運用の本を自費出版 2020年
ニッチなジャンルのノウハウを共有したのが、すごい!
コロナ禍となり、海外運用が難しくなったことから、POD(Print On Demand)でこれまでの海外運用のノウハウや体験をまとめた本を出版することを計画、2020年9月に、「アマチュア無線海外運用ガイド」という本にまとめることができました。
41.ARISSスクールコンタクト成功 2021年
本番の成功に加えメディア展開できたのが、すごい!
横須賀・逗子VEチームに参加しているご縁で、逗子・葉山アマチュア無線クラブJA1YUUのARISSスクールコンタクトをお手伝いをすることになりました。アンテナ制御系の準備と当日の制御、インターネット生中継の解説役、記念本の編集、ケーブルテレビ番組のアテンドなどを担当しました。記念本「宇宙飛行士と交信せよ 逗子市立久木中学校ARISSスクールコンタクト」も制作しました。
42.JARLの社員として活躍 2022年~
様々な意見が取り上げられ実現したのが、すごい!
2022年に、JARL関東地方本部区域毎選出の社員として立候補、無事当選することができました。こちらで、詳しく活動を報告しています。
43.ポッドキャスト番組に出演 2023年
これまで8回出演し書籍化したのが、すごい!
JA1YUU逗子・葉山アマチュア無線クラブのプロジェクトとして、ポッドキャスト番組を制作・配信することとなりました。私も何回か出演しています。また、番組の内容を収録し、図表や写真を追加した書籍も制作しました。
44.過去の雑誌連載をまとめ自費出版 2023年ほか
自分の活動を書籍の形で残していくのが、すごい!
私は1990年代を通じて、アマチュア無線専門誌にパケットラジオに関する連載記事を書き続けてきました。また、CQ ham radioの2012年1月号から2014年12月号まで、「Favorite tool」というコラムを連載しました。それらを編集して、自費出版(個人出版)しました。
45.ベランダアンテナでブーベと交信 2023年
5m長の釣り竿アンテナで数々の成果は、すごい!
1988年に就職してから、集合住宅住まいを続けています。大型のアンテナを設置するのが難しい環境です。しかしながら、CWを中心に、HFでのDXとの交信や国内コンテストの参加を楽しんできました。このような設備で、2023年2月に、ブーベ島3Y0Jと交信することができました。
46.JARLコンテスト XMAで第1位 2024年
仲間と協力してあげた成果が、すごい!
こまでに何回か、マルチオペレーター部門で参加する局のオペレーターとして誘っていただいたことがあります。2012年のオールJAコンテスト・JE1ZWT、2024年の6m AND DOWNコンテストは、JA8NNT/1で、ともにXMAで第1位になることができました。
47.アマチュア無線以外でも実績多数
すごいのは、アマチュア無線だけではないのが、すごい!
大学時代のテニス、1998年のウルトラクイズ、2011年の東京マラソンの実績を紹介しました。
48.いけしゃあしゃあと自画自賛本を制作 2024年
ずうずうしくこのような本を制作するのが、すごい!
日本には、「謙譲の美徳」という言葉があります。
にも関わらず、普通だったら「すごい!」と言わないことまで、「すごい!」と自慢するかのような、このような本を制作し、しかも、有償で頒布しようなんて考えること自体、普通ならあり得ないことだと思います。
コミケやハムフェア、PODで、本書を購入された皆様、それでよかったのでしょうか:-)
あとがき
リンク先に全文を掲載しています。
